さまざまなプロダクトが生まれては消えていく、近代から現代にかけて我々が生きる社会。そのなかでなぜ、ベントレーは「ブランド」であり続けることができているのだろうか?「BE AT TOKYO」CEO、「BEAMS」コミュニケーションディレクター土井地 博氏に問うた。
2019年中に、新たに設立された法人の数は全国で13万1292社にのぼるという。
約13万社のすべてではないにせよ、ほぼすべての新設法人は、それぞれの分野での「ブランド」になることを目指しているはずだ。
だが新設法人であっても既存のなんらかの商品や人であっても、実際に「ブランド」にまで至る例は少ない。多くのモノが生まれるが、同時に、多くのそれが消えていく。
ブランドとして残るものと残らぬもの。その違いは何なのか?端的に言ってしまえば、「ブランド」とは果たして何なのか?
その答えの一端を知るため、我々はひとりの人物と会った。
BE AT TOKYO CEO、またBEAMS執行役員 コミュニケーションディレクターでもある土井地 博氏。国内外の企業や組織、ブランド、人などと次世代に向けた新たなビジネスモデルを構築する人物だ。
「わたしが考えるブランドに至るものと至らぬものとの違いは、『品格の有無』です。この場合の品格とは、時間が作る価値が付加されている状態――と言い替えることができるでしょう」
すべてのプロダクトが、あるいはすべての人間が、最初は必ず「ぽっと出」としてシーンに登場する。そしてそのぽっと出は、「時の洗礼」という難敵に打ち勝つことができたのか?もしも勝利したのであれば、いったい誰がその勝利を支えたのか?つまり、そのプロダクトを支持した人間とは、果たしてどんな生き方をした人物であったのか?それらの如何が、ブランドというものを形作るのだ――と、長年ブランディングを行ってきた氏が語る。
「その意味でいうと、ベントレーはまさに“ブランド”だといえるでしょう。近代の日本ではトップ・オブ・トップの粋人であった白洲次郎に愛され、また現代ではトップクラスの粋人だといえた故・伊丹十三さんにもベントレーは愛された。
つまりベントレーとは、現世における最高レベルのさまざまを熟知している人間が、最後にたどり着いたクルマだった――ということです。モノに接するときは、『で、それは“誰”に愛されたのか?』という観点を持ってみると、物事はわかりやすくなるはずです」
土井地氏は以前、愛媛県松山市にある『伊丹十三記念館』を訪れ、そこに展示されている伊丹氏最後の愛車、ベントレー コンチネンタル シリーズ3に衝撃を受けたという。
「乗り物マニアでもあった伊丹十三さんはジャガーやロータス、ポルシェ、シトロエンなどさまざまなクルマを乗り継いだそうですが、そんな伊丹さんが『これが最後に買うクルマになるだろう。若い頃からこのクルマを買いたいと思っていた』とおっしゃりながら購入したのが、外装色はブラックかエボニー、内装色はたしかマグノリアの、ベントレー コンチネンタル シリーズ3のコンバーチブルでした。……とてつもなく美しいクルマでしたね。映画監督という枠だけには収まりきらない天才が、最終的にたどりついた一台。それは、『凡百のクルマとはすべてが違う』と言えるオーラをまとっていました」
そして――と言いながら土井地氏は続ける。
「先ほども言ったとおり、ブランドには『時間が作る価値』が付加されていなければなりませんので、どうしてもすぐには構築できないんですよね。簡単に言うと、時間がかかる。
しかし、私どもの例を出すのも恐縮ですが、BEAMSで例えると『しっかり時間をかけてきた』という自負はあります。一例ですが、近年はアウトドアやサーフ、スケート系のファッションが流行していますが、私どもはそれらを、流行ってるときも廃れているときも変わらず淡々とやり続け、そしてプレーヤー各位を水面下でサポートしてきました。だからこそ、ブームの今も多くの方々に支持されていると、はばかりながら思う次第です」
さらに「ベントレーも、おそらくそこは同じでしょう」と土井地氏は言う。
「ベントレーのようなタイプのクルマが流行しているときも廃れているときも、おそらくは淡々と自分たちが作りたいと思うもの、あるいは作るべきと思うものを、作り続けてきたのでしょう。そして、過去の遺産をただ継続、継承するだけでなく、時代時代に合わせてフィッティングもさせてきたはずです。
例えばこのエアコン吹き出し口の……トグルというのでしょうか?それともツマミ?わかりませんが、ベントレー車の伝統であるこのスイッチも、ただ単純に『伝統だから残した』というのではなく、現代のインテリアデザインの中に何の違和感もなくマッチしています。こういった細かい点からも、ベントレーというブランドが『時間と品格の関係性』というものに対して大いに意識的であることが、見て取れます。いや本当に素晴らしい。ベントレーに乗ると、マーケターとして、そして一人の男として、脈拍が上がりますよ(笑)」
ブランドコミュニケーションを担当する人間は、ただそれを作るだけでなく、後世へと繋ぎ、紡いでいく責任あるいは使命があるはず――と、土井地氏は言う。
「しかしそこについても、ベントレーは私が心配するまでもないでしょう。このブランドは間違いなく後世へと紡がれていくはずです。プロダクトを見れば、それがわかる」
冷静なマーケターとしての目で、あるいは伊丹十三さんと同じ「乗り物好き」としての目でだろうか、土井地 博氏は、ベントレーというブランドの本質を見きわめた。